兄さん!

呼びかければいつだって優しく振り返ってくれる。
私と…

メイズだけのお兄さん。





『ルピナスの言葉』





この気持ちに気づいてしまったのは幾つの時だったろうか。




病院の中に構えられた兄さんの部屋は私の部屋でもあった。
メイズと一緒に兄さんに拾われてからずっとずっと私だけの特別な場所。

メイズと違って健康体だった私はその部屋を拠点に色々なところを歩き回ってはメイズに外の世界を話すのが日課だった。

一日の終わりには疲れた兄さんにお茶を入れて愚痴を聞いて…

そして兄さんの腕の中で眠る。

優しい時間
何よりも安心できる空間


暖かくて、そして少しだけ狭いベッドに二人して丸くなるととても幸せだった。
いつもはメイズにつきっきりな兄さんを独り占めできるそんな時間


小さかった私は、突然出来た兄の温もりにメイズよりも早く順応して盛大に甘えていたし、ずっとこのまま居られるとも思っていた。
でもある日突然・・・私は強制的に自分が女の子だと言う事を自覚させられる。

すごく嫌だった。
なんだか自分が汚いような気がして、兄さんから離れてしまったような気がしてただただ嫌だった。


なによりも、兄さんに知られて嫌われたらどうしようと…
幼い私は真剣に悩んだものだ。


結局私はわがままを言って兄さんとは違う病室を借りることになった。
少し哀しそうな顔をして「ももう子供じゃねぇもんな」という兄さんの言葉にどきりとした感覚は今でも覚えている。





考えてみれば、どうしてあの時まで一緒の部屋で過ごして平気だったのだろうと思う。
別々に暮らし始めてやっと気づいた事は、私は兄さんと何のつながりも無いんだってことだった。

メイズのように兄さんの弟の代わりが出来るわけではない。兄さんのようにメイズの病気を治せるわけではない。


なら私は?

* ****

「ねぇ…はなんでシャークが好きなの?」

シャークがプリンセスの婚約者候補に選ばれてから、病院でタスクとアイリーンは何度か話す機会を得ていた。
取引期間が終わってからも二人の関係は良好に続き、既にシャークとタスクが実の兄妹ではない事、
タスクがシャークを慕っている事をアイリーンは知っている。

アイリーンの質問に、タスクは手にしていたグラスの中にある氷をカランカランと回しながら少し考えた。


「きっかけはやっぱりアレかな・・・」
「アレ?」
「そう・・・けっこう昔の話になるんだけどね」

グラスの中に昔を見るようには語り始める。

それは・・・シャークと別々の部屋をもらって少ししてからの事。
タスクは部屋を離れると共にシャークからも少しずつ離れようとしていた。

始めはただ恥ずかしいからという理由だったそれが違う意味を持ち始めたのは、忙しそうに働く兄と苦しそうにする弟を見比べた時だった。


あの二人には医者と患者、兄と弟代わり・・・いや、むしろ本物の弟のような絆がある。
でも自分はメイズの姉だった・・・ただそれだけの理由でシャークの妹に納まっていただけなんだと気付いてしまったのだ。


「私ね、その時まで全然何にも考えないで・・・美味しい物が食べられるようになったとか、もう野宿しなくていいとか、
優しくてかっこいいお兄さんが出来たとか、メイズが死ななくて済むとか・・・そういう短絡的なことしか考えてなかったの」
「・・・・・」
「でもね、気付いてからは自分が居場所だと思ってた場所がただの虚像にしか見えなくなった。だから・・・家出したの」

自分の場所を探して

「思春期だったし、けっこう荒れてしまって・・・悪い男にでもつかまってめちゃくちゃに壊して欲しいとか危ないことも考えたのよ?」
「ええっ!?」
「まぁ・・・そんなことにはならなかったんだけど結構危なかったかな」


ふふ・・・と微笑みながら話すの表情は嫌な思い出を語ると言うより少し幸せな記憶をたどるような色を見せている。


家出して二日目の夕方、はぼんやりと望んでいた存在に声をかけられた。
見るからに下心のありそうな男。


「ねぇちゃん一人かい?」

そう話しかける言葉は乱暴で、どう見ても育ちが悪そうな感じだったのだが、その時のにはそんなことはどうでも良かった。
『お譲ちゃん』ではなく『ねぇちゃん』と言われたことがなんとなく一人の大人として、一対一で自分を見てくれたような錯覚を起こしたのだ。

しばらく悩んで「ええ」と答えると男はついてくるように促した。
半ばやけくそになっていた為、どこにつれて行かれるかなど考えずその背中だけを追いかける。

気付けば人気の少ない廃墟のような場所につれてこられ、いつの間にか数人の男に取り囲まれてしまっていた。


下卑た笑い声がどんどん近付いてくることにようやくは後悔する。
自暴自棄になったとしてもこんなことはするべきではなかった。
同じ身を削るのならばもっと他の方法があったのではないか・・・

気付いてももう遅い。
腕を無遠慮につかまれてどうあがいても逃げられなくなる。


あきらめられない気持ちと、もう駄目だという気持ちが混ざり合いパニックを起こしそうになった時、
目の前を白くて大きい何かが右から左に通り過ぎた。


「突然ね、目の前にいた男の人が消えて、白に変わったの」
「白に?」
「ええ、びっくりして左側を見たら・・・ふふ、ほんとにびっくりした。だって、兄さんがいたのよ。しかも白衣を着たまま」


白くて大きい何かはシャークだったのだ。
目の前にいた男を走ってきて殴り倒した・・・白衣を着ている医者が怪我人を生む姿はある意味異様だったと思う。


突然現れた医者に仲間をやられてタスクを囲んでいた男たちはいきり立った。
多勢に無勢、しかも医者などと軟弱そうな(外見はまったく軟弱ではないが)職業の男一人、すぐに勝てると思って甘く見ていたのだろう。
数分もしないうちに立っているのはシャークとタスクのみになったのだ。


「兄さん・・・」

呆然として兄を見つめる。今まで人を治すところは見たことがあったがここまで喧嘩に強いなどは知らなかったのだ。少し怖くもあった・・・
もしかしたら怒らせた自分も殴られるかもしれない・・・

近寄ってきたシャークが手を顔に近づけてきた時反射的に目をつぶってびくりとしてしまった。


触れるか触れないかの位置で止められたシャークの掌はしばらく居心地が悪そうに空をさまよい、グッと握られる。

何も触れない事に違和感を覚えてが目を開ければそこには、疲れた顔をしたシャークが辛そうに自分を見つめている姿があった。

「兄さん・・・」

もう一度呼んでみる。



返事の代わりに返ってきたのは力強い腕の力だった。
逃がさないとでも言うように抱きすくめられて息が苦しい。


「探した・・・」

少しかすれた声
そして・・・
かすかに震えるその身体に、自分がどれほど兄を困らせ、心配をかけたのかを思い知る。



「あの時は、本当に申し訳ない事したって思った。後悔してもしきれない位・・・兄さんったら予約の患者さんとか、
そういうの全部ほったらかして病院飛び出してきたんですって。しかも私が見つかるまでずっとギルカタール中を捜し歩いてもうへとへと・・・」
「うわぁ・・・愛されてるわね・・・」
「ふふ・・・でしょ?でもね、違うの。兄さんは心から私を可愛がってくれている・・・本当の妹みたいに。・・・あ、同じ物もう一杯頂けますか?」

バーテンダーに飲み物を追加するは、暗にまだ帰りたくないといっているようだった。
シャカシャカとバーテンがシェーカーを振る音が小気味いい。

「いつまでたっても私は妹・・・」
・・・」
「どんなに好きだと思ってもそれだけ」
「・・・そんなことないわよ、シャークだってきっとの事」

言いかけるアイリーンには首を振った。
カクテルがカウンターに出されてそれに一口だけ口を付ける。

「おいしい」
「・・・・」
「この話はきっといつまでたってもぐるぐると進まないわ。兄さんはいい男だもの、浮いた話は聞かないけれど、
10も年が離れた妹みたいな存在の私より美人で大人っぽい女の人をいつか見つけるに決まってる。」
「そんなことっ」
「ううん、あると思う。そうなったら快く受け入れたいなって思ってるの・・・ 兄さんにはいっぱい迷惑かけたから・・・その位出来ないと妹失格だもの」




アイリーンにはもはや何もかける言葉が見つからなかった。
シャークの気持ちは知らない。
しかしシャークがを妹以上に思っているのではないか?と思う瞬間が確かにある。


それを言ってもきっとは「妹として」としか思えないのだろう。

この兄妹はなんとも・・・






結局その後も何杯かカクテルを楽しんで二人はバーを後にした。


* ****

病院に着いたのは、もう時刻が今日ではなく翌日に変わってしまっている頃だった。
あの事件の後以来無茶なことをしなくなったので、今ではそれほど心配されることはないが
やはりの帰りが遅いとシャークはどことなくそわそわするようだ。


「遅せぇ・・・」
「はは、ごめんってば。プリンセスとちょっと話が弾んじゃって」

自室に戻る前にシャークの部屋を訪ねれば開口一番にお小言を言われて苦笑する。

「もう子供じゃないんだから大丈夫よ」
「いや、まだ子供だよ」



ほら、やっぱりまだ私は小さな女の子
大人になって、お酒を飲めるようになっても兄さんの中ではただの小さな妹



ぎゅっと苦しくなる胸のうちを悟られないように笑顔で兄さんを見て

「今日もお疲れ様」

そう言うのが精一杯だった。



「ああ、今日も疲れた・・・おれは・・・もう寝るわ。もうしばらく居るか?話し相手になれなくてわりぃが」
「そうね、兄さんが寝付くまで居てあげるわよ」
「そりゃあありがてえ」


冗談っぽく交わす会話ももう慣れた。
兄さんが私を妹としてしか見れないのならば贅沢は言わない・・・

いい妹を演じて満足してもらえるように・・・
妹と言う絆をずっと守れるように私は頑張る。



しばらくするとすーすーと寝息を立てる姿が目に映る。


ああ、やっぱり大好き



こんなに好きなのに・・・


苦しくて死にそうだよ・・・兄さん



起こさないようにベッド脇に腰を下ろした。
顔にかかる髪の毛をそっと細い指で静かにはらってやる。


疲れた顔
無防備な姿



私だけの兄さん

愛してるの。


だから

寝ている時位は許してね。




静かに・・・静かに・・・はシャークに近付いた。
そっと触れるだけの口付けを落とす。

「愛してるわ・・・・・・シャーク・・・さん」




いつもと同じ。
シャークが寝ている時にだけ出来るタスクの神聖な儀式。






そして静かに部屋のドアは閉められた。



「・・・・っ」

遠ざかる足音にシャークは顔をしかめる


「・・・・・・・・・・くそっ!もう・・・耐えらんねぇ・・・っ」




ガシガシと頭をかいてシャークは一人唇を噛み締めた。


* ********


突然シャークに呼び出されたのはアイリーンと飲みに行ってから数日がたった日のことだった。
夕方に廊下で呼び止められて、今日の夜部屋に来い、とそれだけ伝えて足早に去るシャークに疑問が浮かんだが
話が出来たことだけで気分がうきうきと弾んでゆく。


いつものようにメイズを見舞った後自室に戻って入浴した。
別になにがあるわけでもないが、好きな人に会うときには綺麗な姿で居たいという女心は誰しも持ち合わせているものだろう。
メイクも清楚に仕上げて時間までそわそわと部屋で待った。

「もうそろそろ・・・かな」

病院内が静まり返り、廊下が非常灯だけになる。

慣れない人間だと震えてしまいそうな暗さの道も、シャークの部屋へと続く道。はもうすっかりその道の常連であった。


コンコンと扉を叩けば中から「おお、入っていいぞ」と声がする。

中に入ればベッドに腰掛けてこちらを向いているシャークと目が合った。

「お茶でも飲むか?」
「あ、私いれるわよ。疲れてるでしょ?座ってていいから」


慣れた手つきで注ぐお茶の香りに鼻歌でも歌いだしてしまいそうだ。




しかし次の瞬間の頭の中は急速に真っ白になる。
突然・・・後ろからシャークが抱きしめてきたのだ。


「・・・兄・・・・・さん?」
「・・・・」
「どうしたの?お茶ならもうすぐ出来るわよ?」


ドクドクとうるさい心臓の音を悟られたくない。
きっと昔を思い出して、ちょっと懐かしくなったとかそういうことなんだろう。

変に期待しては駄目だと自分に言い聞かす。



しかし、をぎゅっと抱きしめたままシャークは離そうとしなかった。
それどころか、から香るほのかな石鹸の臭いに酔いしれていたのだ。


首筋に顔が埋められる

「ちょっ・・・兄さんっ!?」
「・・・

首筋にかかる熱い息と、艶めいた声にぞくぞくとする
ほんの少しの恐怖心からタスクは身を硬くした


「怖がるな」
「・・・でも」
・・・・悪ぃ」
「え・・・?きゃあっ」


いきなり服の合わせ目からシャークのごつごつとした大きな手が進入してくる。
左手で器用に止め具をはずしながら右手がそのなだらかな膨らみに差し掛かりは声にならない悲鳴を上げた。


な・・・に?これは・・・
兄さん・・・?

「い・・・や・・」

「怖い・・・兄さんっ」
「シャークと・・・呼んでくれねぇか」


シャーク・・・?

「でも・・・」
「いつも、言ってくれるみたいに呼んで欲しい」




ドクン・・・




「・・・・・・・なんで・・・それを」
「ずっと気付いてた」
「うそ・・・」
「でも、お前を傷つけることはしたくなかったんだ・・・今だって・・・・・ほんとに嫌ならやめる」
「・・・・・」
「俺はお前が好きだ。愛してる・・・このまま許してくれると・・・嬉しい。」


切ない響きが耳の奥に響いた。
今・・・兄さんが私のことを・・・

「好き?」
「ああ、誰よりも愛してる」
「ほんと・・に?」

「こんなこと嘘で言うはずがねぇ」




信じられない・・・
そんなことって


「俺はもうずっとお前を一人の女として見ていた」
「私・・・」

幸せすぎて溶けてしまいそう


とろけて
消えて


でもそれでもいい。

兄さんが私を見てくれていたなんて・・・こんな幸せ

これ以上の幸せなんて無い


「言っとくけどロリコンとか言うなよ?」
「・・・・ふふっロリコンっ」
「お前・・・そんなこと言ってると剥くぞ」
「きゃあっ」

止まっていた手の進入が再開される。今度は恐怖など感じなかった。



「私も・・・大好き。シャーク・・・さん」
「さん、はいらねぇ」
「シャーク・・・」


後ろを振り返って彼の名を呼べば「」と愛おしそうに一度呼ばれて唇が重なった。



お互いの意志で口付けたのはこれが初めてで少しくすぐったい。
湯気から香る香ばしい茶の香りよりもお互いの香りの方がよほど胸に染み入る。



すっと抱きかかえられてベッドに移動した。

言葉などなく

ただ、お互いを静かに求め合った・・・





* ******



広い草原を元気に走るメイズは今ではすっかり健康を取り戻していた。
敷物の上に広げられたお弁当が美味しそうな香りを風に乗せて伝える。














兄さん!


そう呼ばれてやさしく手を振るのはメイズのお兄さん

そして


私だけの・・・・・・・





終わり



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