*はじめに*
このお話の主人公は、milk様のアラロス連載主人公、レイン=アッシャー嬢のお話です。
ですので、まずはmilk様の素敵サイト様で連載を読んでから読まれる事をお勧めします。
milk様のサイトにて10000Hit企画で応募した際に私がリクエストしたタイロン&にゃんにゃんvのお話を…
なんと書いて下さいました!パソ復帰祝いに!!(きゃーきゃー!!!>▽<bbbb)
わーいわーい♪そして掲載の許可を頂きましたのでアップするというw^m^
言ってしまえば自慢です(真顔)←自重しなさい
それでは皆様、準備は宜しいですか?
ではでは、milkんの素敵なお話、どうぞお楽しみくださいませ〜♪
早朝のギルカタール王都。
空は靄がかかったような瓶覗色が刻一刻と色の彩度を増していき、顔を覗かせ始めた太陽は鋭い光を王都中に刺し込む。
やっと眠り始めた王都が一日で一番静まり返るこの時間、気配も足音も絶ったタイロン=ベイルは見回りを兼ねて体に溜まった
毒素を抜くべく王都中を走り回っていた。
そして、この時間帯に走る事を日課としている少女と出会うのは偶然か、はたまた彼の執念の賜物かは判別つかないが
それはタイロンにとっては絶好のチャンスとなり、レインにとっては若干の良い迷惑となって彼等の元に降り掛かった。
――― 賭けた勝負の果てに ―――
(・・・ん?)
自分の感覚の範囲内に入った見知った相手の気配にそちらへと意識と足を向け進むと、ひょっこりと路地影から顔を覗かせた
彼女は『やっぱり。』とでも言うかのように柔らかく笑んだ。
「おはようございます。タイロンさん。」
「よー、レイン。ジョギングか?」
「はい、大体この時間帯はいつも走ってるんですよ。タイロンさんもですか?」
「ああ。静かで暑くもなくて気持ち良いよな。」
「ですよねー。」
穏やかに会話を交わすその様はどう見ても爽やかな早朝にピッタリの一コマにしか見えない。
けれど、まさしく鴨葱状態のレインはそれに気付けないでいた。
それ即ち、自分よりかなり高い位置にある常盤色の瞳にキラリ煌く不穏な光に―――。
「もう戻るのか?あの暗殺者共の巣窟に。」
「巣窟って言われると何だか悪い場所みたいですね。」
クスクスと笑う低い位置にある小さな横顔に『スラムは悪い場所ではないとでも言うのだろうか?』と一抹の疑問を頂いたが
口には出さないでおいた。
その程度で機嫌を損ねる相手ではないが好感度を下げるような発言は得策ではない。
特に・・・取引前の今は・・・。
「まだ少し時間はありますけどそろそろ戻ろうかと思っていたところです。タイロンさんも戻られるんですか?」
彼女が向かう方向にはその言葉通りスラムがある。そしてその手前には南の斡旋所も・・・。
のんびりと走る彼女の足に合わせて並走する自分を不思議そうに見上げてくる夜色の瞳。
その瞳とその言葉に頭の中では素早く計算が行われる。
予算案とか予算案とか予算案の計算は苦手でもこういう悪巧みの計算の速さはギルカタールの人間には必須且つ得意科目だ。
そしてこの取引相手はそれをまだ習得出来ていない。
「ああ、どうせだから一緒に行こうぜ。斡旋所まで。」
「・・・・・・・・・・ん?」
「まだ時間あるんだろ?少しアイツと遊んで行けよ。」
「あぁ、ステラですか。遊びたいけど時間足りるかなぁ。あの子と遊ぶと時間を忘れちゃうから・・・。」
ステラ。
彼女が見つけて自分が・・・というか斡旋所で面倒みている金の子猫。
あれを連れ帰った時親父は僅かに渋っていたが従業員達には大歓迎で迎えられて大勢の部下達に甲斐甲斐しく世話され、
今では彼らの大事な癒しの素と化している。
頭が良く、近付いてはいけない人間には一切近寄る事無く、必要としてくれる人間にはゴロゴロと甘えて喉を鳴らす。
斡旋所に来る客にも可愛がられ、親父も今ではシッカリと骨抜きにされてその名の通り南の斡旋所のスターとなっている。
「もっとペースを上げればいいじゃないか。まだまだいけるだろ?それとももうへばっちまったのか?」
ニヤリと笑んで見下ろすと、その頬は僅かにプクリと空気を溜めた。
「へばってなんてないです。全然問題ありませんよ。」
「だったら・・・」
起爆剤に火を灯せたのか僅かにペースを上げようとした小さな頭をワシッ!と掴んで足を止めさせると手の中の髪と同じ色の瞳が
きょとりと見上げて来たかと思うと―――
「・・・勝負しようぜ。」
―――この言葉に僅かに訝しむ表情が浮かんだ。
「勝負は簡単。南の斡旋所の門までの競争。勝ったらアイツと遊ばせてやるよ。時間も稼げてステラにも会えて一石二鳥だろ?」
「何だか・・・私が負けたらあの子に会えないだけでは済まない気がするのは私だけでしょうか?」
流石に日頃あの暗殺者の相手をしているだけあって感が良い。
「勿論、俺が勝ったら俺もご褒美貰わないとな。お前だけ餌があるなんて不公平だろ?」
「ご褒美ってまさか・・・」
「そ。俺が勝ったら俺と手合わせしろ。」
「嫌です。」
断られるのは予想の範囲内。
そして彼女は押しにそれ程強くない。
って事で・・・。
「じゃ、行くぞ。」
「って、ちょっと待って下さいよ!」
「Ready・・・」
「タイロンさん!」
「Go!!」
と、まどろっこしい事は一切合財無視して無理矢理その勝負は行われる事になり、突風のように走り去ったタイロンの後姿を
呆然と見送ったレインは溜息を一つ吐いて自らの気配を絶った―――。
* * * * *
文字通りこの王都で生まれ育ったタイロンにとってこの街は自分の庭だ。
どの路地が一番走り易く、且つ斡旋所に近いかなんて考えなくとも手に取るように分かる。
対して相手は一月か二月程前に流れ着いた女。
地の利でも足の速さでも自分の方が勝っている状態でこの勝負は少々卑怯かとも思うが、ここはギルカタール。
ずるいの結構。卑怯でOK。
幾ら犯罪大国ギルカタールとは言えども『取引は常に騙すべき相手以外とは公正にあるべきもの。』という格言がある。
騙すべき相手には公正でなくてもいいと聞こえそうだが、身内には誠実にという意味が込められている。一応は。
けれど、興味深くはあるが出会ってまだ日の浅い彼女にそこまでしてやる義理は無い。
それに最初から暫く手合わせしてもらえればステラと遊ばせてやるつもりだ。
俺は手合わせして貰えて彼女はステラと遊べる。いい取引ではないか。
そう思いながら走っていたタイロンは自分の死角を過ぎ去った黒い影に気付ず、それに気付けたのは視界の端にチラチラと
斡旋所が見え始めた頃だった―――。
ふと視界に映る妙な影。
それに疑問を抱いて何とはなしにそちらへと顔を上げるとその口はあんぐりと開かれた。
「・・・って・・・・・・それはずりぃだろっ!!」
早朝だろうが何だろうが気にせず上げた大声に、前方斜め上の地点を素早く駆けて行くレインは振り返ってチロリと小さく舌を
出して足を速めた。
そう、彼女よりも背が高く2m近い身長があるタイロンよりも高い所・・・屋根の上を文字通り一直線に斡旋所へと向かいながら・・・。
(アイツ・・・ご丁寧に気配と足音も絶ちやがって!!)
気付かれないようカーティス仕込の気配の絶ち方に、あの男と渡り合える速さで、入り組んだ路地ではなく真っ直ぐ走れる屋根の上・・・
・・・・・・・・・・俺よりも卑怯だろ!!
慌てて路地を曲がって斡旋所の全貌が見えた頃、彼女は悠々と屋根の上から飛び降りて斡旋所の門を潜った。
「・・・・・・卑怯じゃねーか?」
「先にその卑怯な勝負を強行突破させたのはどちらでしょう?」
ニコニコと告げられた一言にぐうの音も出ない。
「さて、タイロンさん。お蔭で時間も十分に稼げましたし・・・約束、ですよね?」
ニッコリと笑まれた満面の笑みに、このフワフワした女があの暗殺者と本当に生活していけてるのかという心配に似た疑問は
アッサリと消え去った―――。
* * * * *
南の斡旋所奥に設けられた鍛錬所。
その石造りの室内に場違いなクスクスと楽しそうな笑い声が微かに響く。
久しぶりに再会した命の恩人の口元をペロペロと舐めるステラに、くすぐったいからやめろと言いながらも無理に引き剥がす事無く
させたいようにさせているレインの柔らかい笑みを腹這いに寝転がって観察する。
先程の気配と足音を完全に絶って屋根の上を駆けていたあの姿・・・あれは紛れもなく暗殺者のそれだ。
けれど今は全くそんな素振りは無い。
本当にギルカタールで生きていけるのかと心配にすらなってしまいそうな程にフワフワとしたギルカタールでは見ない類の女にしか
見えない。
まぁ、見た目と実力が激しく違うのは彼女の主にも言えることだが・・・ギャップが激しすぎるだろう。
そして本職の暗殺者ならまだ理解できるが、どうしてその強さを表に出す事無く内に秘めようとするのか・・・。
「・・・なぁ。」
「はい?何ですか?」
熱烈的な再会の儀式がやっと落ち着いた頃、膝の上で丸まるステラを撫でる慈愛に満ちた優しい笑みに妙な感覚を覚えながら
話しかけると、やっとレインはこちらに視線を向けた。
「どうしてカーティスの下で生活してるんだ?」
「どうしてって・・・私が今生きていられるのはあの人のお蔭ですから。」
「だったらどうして暗殺者にならない?実力は十分にあるだろう。」
十分過ぎる程だ。奴らの実力など詳しくは知らないが、きっとあのギルドの中でもかなり上位に位置するだろう。
逃げ回っているのならまだしも、あの男が傍に居てそれを見す見す見逃すとは思えない。
あそこまで暗殺者そのものの動きなど、本職の暗殺者・・・それもトップクラスの人間から仕込まれないと身につくものではないのだから。
「最近あまり誘われませんがカーティスはそうあって欲しいみたいですね。
でも私はあの人に命じられて人を殺すよりも、あの人の為にパンを焼く方がいいです。」
「・・・一回の仕事で奴の家を出て新しい家に一人で住めるだけの額を貰えても?」
「お金があってもカーティスの家を出れるかどうかも疑問ですが、特にお金が欲しいとも思わないので・・・。」
多すぎる財産などあっても持余すだけですからね。と、言いながらステラの顎の下を掻くように撫でるとゴロゴロと甘えた声が
奏でられる。
「・・・無欲だな。そんな事じゃこの国では生きていけないぞ。」
「そうですね。でも・・・」
顔を上げ、ゆるりと向けられた柔らかい笑みにやはり一つの面影が重なる。
この笑顔は苦手だ・・・泣きたくなる前のようにヒリヒリと胸の奥が焦がされるから。
「この国で生きているくせに誰も傷つけたくないと、只平穏に生きていきたいと思うのは誰よりも欲深い事かもしれませんよ。」
柔らかく告げられた一言にフッと短い笑みが漏れる。
「・・・・・・違いねぇ。」
一般的に『犯罪』と言われる事がそれ程罪にならず、命も金も他人から奪い取る事など普通なこの国の住人は皆何らかしらの
野望を抱いていて、その為に他人から奪い、盗み、蹴落として生きている。
善人であり続けたいのならこの国を出れば良い。
でもそうはせず、この悪事で入り乱れたこの国で生きながら彼女の自我を通そうとする程難しい事は無い。
そしてそれは難しく欲深くとも・・・嫌な気分はしない。
ゴロゴロと喉を鳴らす子猫と、それを膝に抱えて柔らかい笑みを浮かべる女。
その二つをただのんびりと眺める穏やかな時間・・・それはこれ以上無い程にこの国では贅沢な時間。
今までは贅沢過ぎて見向きもしなかった時間だが、今ではたまにはこういう時間も良いなと素直に思える。
・・・・・・しかし・・・・・・。
「・・・なぁ。・・・俺とも遊ばね?」
「私が負けたら手合わせするって約束でしたよね?」
・・・・・・少しくらいは融通利かせてくれたっていいとも思う。
〜おまけ〜
「でもステラって素敵な名前ですね。タイロンさんが付けたんですか?」
「いや、知人に付けて貰った。俺にはそんなセンスがないからな。」
「そうなんですか。私もネーミングセンスが悪いってよく言われますよ。」
「へぇ、意外だな。因みにソイツに名付けるならなんて付けてたんだ?」
「そうですねぇ・・・・・・」
考え込むかのようにジーッとステラのブルーとグリーンの瞳を見つめたかと思うと彼女から零れた名・・・と言って良いのか
分からない物は嫌がらせとしか思えなかった。
「げぶげぶ?」
・・・・・・・・・・・・・・・。
(お前・・・お嬢に名付けて貰って良かったな・・・。)
言葉が伝わった訳がないのにピタリと動きを止めた子猫にタイロンは思わず生暖かい視線を送った―――。