『幸せになりたい』 誰もがそう思うだろう。 不幸になりたいと思う人間なんて存在するわけない。 ただ 運命というものは 残酷で 無慈悲で 容赦がない。 悩む時間も与えず、選択を迫ってくる。 私には 悩む時間なんて 無かった。 状況を理解できぬまま異世界という理解不能な世界へ放り込まれて。 『平和』しか知ら無い私にとって其処は『恐怖』そのものでしかなくて。 理不尽な力で『今』を奪われて。 怖い。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い 身体に、心に染みついたのは、 この世界は私にとって絶望しかもたらさないという事だけだった。 一日まともに過ごせるかも分からないこの世界で 今日も命が無事である事に安堵しつつ、周囲の警戒を怠らないように 人気のない路地裏に身を隠す。 誰か 誰でもいい 私を―― 「たすけて…」 吐息と混ぜて誰にも聞こえないように囁く この世界には私にとって絶望しか無いと分かっていても それでも そう 願わずには  居られない。 明日も無事に目覚められることを月夜に祈りながら身体を小さく丸めて眠りについた。 『たすけて』、と。 声が、聞こえた気がした。 商談の帰り道、不意に聞こえてきた声に振り向いてみたがそこには誰も居ない。 ――空耳、か? その時は気にせずに帰路についた。 気のせいだと思っていた。 だが 声が聞こえたその日から 毎日毎日、同じ声が聞こえてくる。 誰だ 誰が俺を呼んでいる こんな声は知らない。聞いたこともない。 その声に 何故だか胸がざわつく。 日に日に得体の知れない声や自分の感情に、イラつき始める。 この感情はなんだ 不快感? 違う 煩わしさ? 違う 気味の悪さ? 違う 思考を巡らせて行きついた答えは―― 「…焦ってんのか。俺は」 そうだ。 これは焦りだ。 声の正体を見つけられない事に対しての。 何故だかは分からない。 普通なら気にも留めないはずだ。 だが 早く見つけなければ消えてしまいそうな その、か細い声に。 無性に急き立てられる。 「誰なんだよ。お前は…」 手がかりが空耳だけとは、何とも頼りないが。 「この世で、俺に手に入れられないものは無い。絶対に見つけ出してやる」 そのあとの事は、その時に考えれば良い。 自室の窓から月夜を見上げ、声の主に思いを馳せた。